バルブ・流体機器の営業が、受け取った書類を朝一と定時後に自分の手で入力し直している
バルブ・流体機器メーカーの営業部門は、見積書・注文書・注文請書・受注明細書を扱います。注文請書は、注文書に受領印を押して返信する運用で回ります。これらの書類は、基幹システムまたはExcelへ人が打ち直されています。手が空くのは、朝一と定時後です。
その時間に、何を見ているか
バルブ・流体機器メーカーの営業担当者には、個人専用のPCが割り当てられています。特別な端末ではありません。日中ずっと開いている、その1台です。
そのPCで扱う書類は決まっています。見積書、注文書、注文請書、受注明細書。このうち注文請書は、届いた注文書に受領印を押して返信する運用で回ります。紙かPDFかを問わず、「押して、返す」という一往復がそこにあります。
そして、これらの書類は、そのままではどこにも溜まりません。見積書・注文書・注文請書は、基幹システムまたはExcelへ、人が打ち直しています。 受け取った内容を、もう一度、自分の手で入力し直す工程が挟まっている、ということです。
この打ち直しをいつやっているか。営業職能が手を空けられるのは、朝一と定時後です。営業時間の中では手が空きません。取引先からの連絡と、社内からの確認と、外に出ている時間で埋まるからです。結果として、書類を揃える作業は、始業前か終業後に寄ります。
さらに、その作業には締めが乗ります。取引先の締め日は、末日締めと20日締めが中心です。 そして月末に向けて、出荷がやや増えます。締めと出荷が重なる時期に、打ち直しの量も同じ方向に動きます。
これが、バルブ・流体機器の営業が置かれている場面です。何か特別な問題が起きているのではありません。通常運転として、こうなっています。
なぜ打ち直しが残るのか
打ち直しが残る理由を「担当者が非効率だから」と説明することはできません。担当者は、届いた書類を、社内で使える形に変換しているだけです。問題は書類の並びではなく、書類の受け渡しがどこで切れているかにあります。
構造として見ると、切れ目は3層に分かれます。
注文請書に受領印を押して返す運用は、相手の運用と噛み合っている限り、変える理由がありません。ただしこの運用は、「人が見て、人が判断して、人が返す」ことを前提にしています。前提が人である以上、その先の入力も人に戻ってきます。
ここには一次情報があります。既存の基幹システムへのAPI接続の追加は、基幹ベンダーの見積額により実現せず、CSV連携やRPAでの代替が検討される——これは製造業と商社・卸にまたがって、複数社で共通して観測されている事象です。つまり「つなげばよい」という結論は、多くの場合、技術ではなく見積額のところで止まっています。止まった結果として残るのが、CSVの受け渡しか、人の打ち直しです。
「では新しい仕組みを入れよう」という話は、たいてい一度は通っています。そして次のようになっています。
- 既存の営業支援ツールが、顧客単位の管理で案件ベースに対応していないことを理由に使われていない
- 既存の営業支援ツールが、入力が煩雑で画面が複雑であることを理由に使われていない
- 導入済みのパッケージが、機能過多で費用も過大であり現場に合わないと評価されている
同じことは、もっと前の世代でも起きています。高機能な営業支援ツールを入れたが、機能が多すぎて使いこなせなかった。入力の手間が理由で、次第に使われなくなった。
そして、次の話を持ち込んだときに現場から返ってくる言葉も、だいたい決まっています。「今のやり方で問題出てないので変えたくない」。あるいは、「私はいいけど、〇〇さんが反対しそう」。この「〇〇さん」として挙げられるのは、デジタル化に消極的なベテランの現場担当者です。
3層を並べると、打ち直しが残る理由は「意識」ではないことが分かります。受け渡しの設計・接続の費用・定着の失敗という、別々の層の問題が重なった結果として残っています。層が違うので、どれか1つを叩いても消えません。
この業種の書類と、外から掛かる制約
第1節で挙げた書類は、営業職能が好きで選んだものではありません。業種の側から決まっています。ここは事実だけを並べます。
- 営業職能は、見積書・注文書・注文請書・受注明細書を扱う。
- 注文請書は、注文書に受領印を押して返信する運用で回る。
- 取引先の締め日は、末日締めと20日締めが中心である。
- 月末に向けて、出荷がやや増える。
これに、規格側の制約が重なります。
- ISO9001 の運用は、内部監査と更新監査で回る。
- 内部監査では、規格で定められたルールの履行と、計画書の運用および進捗が確認される。
この2つが意味するのは、書類は「業務が終われば用済み」ではないということです。ルールどおりに運用されたか、計画がどう進んだかを、後から確認できる状態にしておく必要があります。打ち直しを減らすという話は、この確認可能性を落とさない範囲でしか成立しません。
打ち手は3つに分かれる
以下は台帳の事実ではなく、上の構造から取れる選択肢の整理です。それぞれ向く条件が違います。
向くのは、対象の件数が少なく、朝一と定時後の枠に収まっており、締めに影響していない場合です。この場合、仕組みを入れる費用と、定着させる手間のほうが大きくなります。第2節で見たとおり、入れて使われなくなるという結末は実在します。 何もしないことは、消極的な選択ではなく、条件によっては正しい選択です。
向くのは、件数が増えていて、かつ間違いを人が拾える工程が残せる場合です。ここには一次情報があります。顧客の側から、精度が100点でないことを前提としてよいとし、候補を提示して人が確認する運用でよい、と表明された例があります。 つまり「全自動でなければ意味がない」という前提は、必ずしも発注側の前提ではありません。全部を機械に渡さず、確認の一手を残すという設計が、実際に受け入れられています。
向くのは、打ち直しが複数の職能にまたがっていて、部分対応では切れ目が別の場所に移るだけになる場合です。ただし、第2節の第2層と第3層がそのまま risk になります。接続は見積額で止まりうるし、機能過多は使われない理由になる。入れ替えを選ぶなら、この2つを最初に潰す前提で組む必要があります。
3つのうちどれを選ぶかは、件数と締めと、社内で確認の一手を残せるかで決まります。「一番いい方法」は、条件が違えば違います。
社内に上げたとき、何を聞かれるか
ここからは、実際の商談の場で観測された質問と反応です。打ち直しを減らす話は、たいてい効果の説明のところで止まります。
「空いた時間で何をするのか」は、決裁の場で繰り返し問われます。 これは意地悪な質問ではなく、決裁者にとっては当然の確認です。実際に決裁者から、削減した時間を何に使うのかを決めて示すことを求められた例があります。時間が浮くこと自体は、決裁の材料になっていません。何に使うかまで含めて初めて材料になります。
反対に、通らなかった示し方も分かっています。
- 時給換算による「◯◯円相当」という表現は、決裁の場で通用しませんでした。
- 削減人数や業務占有率を前面に出すと、人員を減らす提案として受け取られます。
そして、通し直した形も記録があります。時間削減のままでは決裁されず、年間のコストダウン額から導入コストを差し引いた金額として示し直したうえで、再提示されました。 金額そのものは案件ごとに違うので意味がありませんが、「時間」を「金額」に翻訳し、しかも導入コストを引いた後の数字で出したという構造は、そのまま使えます。
誰が語るかも見られています。決裁者は、費用対効果をベンダーではなく利用部門が語ることを、条件として挙げます。 資料を作るのが誰であれ、決裁の場で説明するのは使う側である必要がある、ということです。関連して、推進者と承認者が別の人物であり、推進者が上申資料を自分の言葉で説明しきれるかが論点になるという観測もあります。実務では、上申資料を、決裁者向けに翻訳した形で作り直すことになります。
価格の見られ方には、はっきりした型があります。高い/安いは絶対額ではなく、代替される人件費1名分との比較で判断されます。 そして時期の型もあります。初回のプレゼンの段階では、金額・予算感は問題なさそうという反応が繰り返し得られ、価格が問題になるのは初回ではなく、稟議と情報システム部門の確認の段階です。 初回の感触は、通過の予測にはなりません。
決裁の枠そのものが壁になることもあります。決裁できる金額に上限があり、それを超える継続契約は親会社への稟議が必要になるという例があり、その上限として「50万円程度」という水準が示されました。これはある顧客企業の決裁枠であり、当社の価格ではありません。 自社の枠がいくらで、月額がその内側か外側かは、話を持ち込む前に確認しておく価値があります。
最後に、現場側の条件も1つ。顧客は、確認と修正のために手入力しやすい画面を求めます。 自動化の話をしているときでも、人が直す動線が用意されているかは必ず見られます。
次の一歩
ここまでの内容は、バルブ・流体機器の営業という職能で、台帳に記録のある事実だけを並べたものです。自社の件数・締め・確認工程に当てはめたときにどうなるかは、話してみないと分かりません。
打ち直しがどの書類で何往復発生しているか、締めのどこで詰まっているかを、実際の帳票を前に一度整理する場を用意しています。
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